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グイド・レーニ『ルクレティア』 国立西洋美術館の至宝

寝台に、ひとりの女性が身を起こしている。
上半身は裸。
臙脂色の天蓋の中、眩いばかりの肉の白さを鎮めるかのように、乱れた敷妙(シーツ)が背中と下半身を覆っている。
だが、その柔らかな慰撫を捨て去るためか、嫋(たお)やかに内に曲げた左手は、敷妙をつまんで肩から滑り落とそうとしている。
胸元には嵐の前の静けさが漂い、乳房は慄(おのの)き、固く引き締まっている。
逞しく発達した右腕は、その乳房と腹の前を交叉し、それに続く右手は、寝台に置かれた華奢な短剣の上に重ねられた。
切れ味を試したのか、短剣の刃先はあるかなきかの微かな朱(あけ)に濡れている。
柄頭の金珠と、薬指の金の指輪が響き合う。
何か、ただならぬ空気が漂う。
鋭い悲劇の予兆。
彼女は紅潮した顔をかしげ、その眼差しを天上へそそぐ。
なんと澄み切った眼差しだろうか。
不安の影も、苦悩の痕も、もはやその瞳から拭い去られ、どこまでも澄澈した水面のようにきらめいている。
彼女は、ただ一心に見つめていた。
何を?
私は彼女の眼差しの内に、その答えを探し求めた。
自分が求め続けているものを、今、まさに彼女が見つめているような気がして。
高校生の頃、国立西洋美術館の常設展示にて、はじめて『ルクレティア』に出会った私は、彼女の前で立ち尽くした。
(当時のことは克明に記録している。この半年後に三島由紀夫の『仮面の告白』を読み、聖セバスティアヌスを描いたのも同じ画家であることを知る)
彼女の隣にかけられた「解説パネル」に目を向けると、次のように書かれていた。

ルクレティアは、ローマ史に登場する女性で、タルクィニウス・コッラーティヌスの妻。ローマ王の息子セクトゥス・タルクィニウスによる陵辱を恥じとして、短剣で胸を突いて自殺した。この事件は王政に対する反感を盛りあげ、ローマが共和制に移行するきっかけとなった。美術の主題としての彼女は、貞節に殉じた女性、悪徳に対する報いの象徴と解釈される一方で、キリスト教倫理に反して自殺した女性として、両義的な意味をもって描かれている。本作を描いたグイド・レーニは、グエルチーノと並んで、17世紀のボローニャ派を代表する画家。ラファエッロや古代の画家を深く研究し、古典主義的な様式を示しているが、本作ではさらに、後期の特徴となる洗練された、色調の抑制された描法を見せている。
(出典: 国立西洋美術館展示室解説パネル)
ルクレティアは、従来の因習にさからって、己の倫理を守り抜いた人物である。
キリスト教的倫理観をかなぐり捨て、みずからの信念のために死を選んだ女性である。
陵辱されてなお気高いルクレティアは、家族に復讐を誓わせると、己の胸を短剣で突いて絶命した。
これが後の共和制移行に繋がる。
抑圧と暴力の只中から、命と引き換えに近代的主体性を体現した象徴的な人物とも言えるだろう。
ルクレティアの絵は、貞淑な妻を描くという口実で、エロティックなヌードを描くための格好のモチーフともされてきた。
だが、このバロックの巨匠は、そうした性的なイメージを、できうる限りキャンバスから排除した。
短剣の切っ先を彼女に向けることさえ拒んだ。
これは珍しい。
男根のメタファーともとれるアトリビュートを画面の端に追いやっているのだ。
たとえばパルミジャニーノをはじめ、他の画家の作品と見比べると、その官能性の抑制は明白である。

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