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『女中たち』 敗残の中に消えぬ紅蓮(矢崎広・碓井将大・多岐川裕美)

「神聖であろうとなかろうと、この女中たちは怪物である、自分のことをあれこれと夢みるときのわたしたちのように。」(ジャン・ジュネ『女中たち』序文、一羽昌子訳)

1942年、書籍の窃盗で服役中だったジャン・ジュネは、刑務所の中で処女詩篇『死刑囚』を編んだ。
先に出所した囚人仲間の植字工に原稿を託し、自費出版で100部余りを印刷した。
時は第二次世界大戦の真っ只中、パリはドイツ軍占領下にあった。
詩集の紙は、ドイツ軍当局が保管していたものを盗んで使ったと言われている。誤植にまみれ、紙質もばらついた、ひどい出来の詩集だった。市場には、ほとんど出回らなかった。
だが、それを詩人ジャン・コクトーが拾い上げる。
コクトーは、そこに刻まれたあまりにスキャンダラスな、そしてあまりに蒼いポエジーを見逃さなかった。
孤児として生まれ、窃盗と男娼と裏切りによって地をさすらっていた男は、コクトーという守護天使に導かれて文壇へ翔け昇った。
泥棒作家の誕生である。
今回の記事で取りあげる『女中たち』は、泥棒作家ジャン・ジュネが書きあげた戯曲の中でも、最も結晶度の高い悲劇として知られている。
まずは、あらすじを目撃してみよう。二人姉妹の女中、クレールとソランジュが、マダム(奥様)のいない寝室で「芝居ごっこ」をしている。
妹のクレールは赤いドレスを着てマダムになりきり、姉のソランジュは妹クレールの役になってかしずき、主人と下僕として「劇中劇」を行っているのだ。
その芝居遊びの中で、彼女たちは自由の身になるために、匿名で書いた嘘の窃盗の告発状を警察に送り、ムッシュー(旦那様)を犯罪者に仕立てようとしていることが明かされる。彼女たちの芝居は熱を帯び、いつしか正気と狂気のはざまを漂って、マダム殺害のシーンへと移行する。
そこへ電話がかかってきて、旦那様が留置場から釈放されたことを知らされる。その直後、マダムが帰宅する。
女中たちはマダム殺害計画を実行に移そうと毒入りのハーブ茶を差し出すが、旦那様の釈放を聞きだしたマダムは、旦那様との待ち合わせ場所に向かうため、毒茶を飲むことなく嬉嬉として家を後にする。
寝室に取り残された姉妹二人は、嘘の告発状の差出人が露見することを悟り、全てを諦めたかのように死を決意する。
クレールは再びマダムのドレスを身にまとい、マダムに成りきって毒茶を飲み干す。

虚実入り混じった「劇中劇」の構造をもち、主客転倒の、反逆の美学に貫かれた戯曲である。
登場人物は、姉妹の女中とマダム(奥様)の三名のみ。
そのスキャンダラスで倒錯的な内容から、パリでの初演は非難と野次と称賛が入り乱れた。
ジュネ自身といえば、してやったりの部分もあるだろうが、本作の「演出」には満足いかなかったようだ。
本作はもともと四幕あり、丸一晩かけて上演される予定だったが、詩人コクトーが手を貸して一幕物に彫琢された(これにはジュネも満足していた)。問題はここからで、その過激な内容から批判を恐れた演出家が、作品のエロティックで暴力的なくだりを削除してしまった。さらに写実的な舞台装置が、ジュネが構想していた「儀式性」を台無しにしていた。
憤然としたジュネは、刊行した戯曲のまえがきに、写実性を良しとする西洋演劇への不信感と、本作の「理想の演出」とを書き記した。
こうした文章が施錠されている以上、『女中たち』を上演する際には、演出家や俳優はいやがおうにもジュネの美意識と対峙し、それに挑まなければならない。
ジュネはいつでもこういった罠をしかけてくる。牢獄の中に、孤独の中に、汚穢の中に、馨しい薔薇を咲かせ、人々をおびき寄せる。ジュネを味わうためには、まずはこの牢獄の鍵を開けなければならない。

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